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閑話休題


 映画「おくりびと」がアカデミー賞外国語映画賞を受賞しました。主演の本木正弘さんが、隠れたベストセラー「納棺夫日記」を読んで著者の青木新門さんに電話をして、映画の話が始まったと聞いています。埼玉・川越の帯津良一医師もこの本を読んで、青木さんと何度も飲んでいる間柄です。私も帯津先生に勧められて読んで感動しました。定本の納棺夫日記には、エンターテイメントとしての映画には語りつくされていない、青木さんが納棺夫の経験からたどり着いた思いが書かれています。「いのちは目に見えない光であって、それは宇宙が始まってから引き継がれてきたエネルギーだ。人の肉体は死によって朽ちるが、いのちは形を変えて引き継がれる」という風に私は読んでいます。

 私は三十年前に太極拳にめぐり合い、いのちの歓びのダンスのように感じました。その後、気功瞑想を深めてきました。がんをはじめいのちの翳(かげ)りと向かい合う患者さんとともに、言葉ではなく経験として「いまここ」のいのちをよろこび感謝する修行として継続しています。いつか私も形を変えて、敷島公園に広がる松の葉先に光るひとしづくの水滴になる日を迎える準備を進めています。

 身のまわりで不景気の嵐が吹きまくっています。それでも、私たちが自家用車を走らせ、ヒーターの効いている部屋で、ビーフステーキを食べ、コンピューターを操作している今日この一日に、世界では五万人の子供たちが飢えて死んでいます。同じ人間でありながら、私は我欲に身を任せるばかりです。一杯の粥を与えいのちを救うことさえ出来ない自分に最近は無力感さえも薄れてきています。

 私は三年九ヶ月の「漢方の智恵」連載を通じて気づかせてもらったことがあります。「人間様が一番偉くて、薬草をその役に立たせる」という浅い知識ではなく「人間を生かせて下さっている自然、一部として人間の存在を許して下さっている自然にどう振舞うべきなのかをこれから学ばなければならない」という気づきを伴う智恵でした。

 近代から始まった金やモノや名誉といった欲は、発展という大義名分を持って地球を壊す勢いです。患者とは、「心を串刺しにされた人」と書きます。テレビやパソコンに向かう時間を減らして、畑や里山で草木に宿る神々と触れ合う時間を増やしたら、刺さった魔法のトゲは溶けてなくなりそうな気がします。それが、この緑の島国に伝わる自(おのず)から然(しかる)べしの智恵なのではないかという思いを深めています。

 いったんここで筆を置きます。



烏梅(うばい)


 小学校の低学年の時に、よく祖父母のうちに泊まりにやらされました。その頃から早起きだった私は、祖父が六時のNHKニュースを見ながら、漬けた小梅でお茶を飲むのを知っていました。私がその時間をねらって茶の間に入っていくと、祖父はしかたなさそうに大事な小梅をひとつ、私の手に乗せてくれました。私がもっと欲しいと言うと、たくさん食べると毒だからまた明日ねと言って、茶箪笥の高いところにしまいました。

 外国人に食べさせたい食べ物のトップスリーは納豆・梅干し・イカの塩辛です。なかでも梅干しは罰ゲームにも使えそうな酸っぱさですが、消化を助けるばかりか、下痢を治し吐き気を止めます。現代医学の下痢止めは力づくで下痢を止めてしまうものがよく使われています。からだが毒だと判断して、せっかく体の外に排出しようとしている場合には、かえって体内に毒をとどめることになります。一方、梅干しは解毒するばかりか、消化器の働きを助けて排泄をスムーズにしてくれます
 日の丸弁当やおにぎりの中の梅干しは、食べ物の腐敗を防いでくれます。市販の梅干には、法律で決められているのか賞味期限が書かれていてがっかりします。

 漢方薬の烏梅は、青梅をワラでいぶし焼きにして乾燥させたものです。まっくろになってまるでカラスの濡れた羽根のようだとして名前が付いたとされています。

 無類の下戸(げこ)と言われる私も、たまには飲みに出かけることもあります。何年も前に、群馬大学の山西哲郎教授と時代遅れの居酒屋で飲んだことがあります。運動のことや食べ物の話をしながら飲む芋焼酎はとても美味しかったです。もちろん一杯目はお湯割りで、二杯目はそこに梅干しを入れてつぶしていただきました。梅に含まれるクエン酸が疲れをとって二日酔いにもならないという話を耳にしながら、梅とシソの香りに包まれて夜が更けていきました。今はその竜泉という居酒屋はありません。

東風吹かば にほいおこせよ梅の花 主無きとて 春な忘れそ

烏梅(うばい)バラ科ウメの未成熟果実を燻蒸したもの。慢性の咳や下痢・下血・血尿・性器出血に用いられる。糖尿病に伴う口渇にも効果がある。



山■子(さんざし)


 Tさんは、全国チェーンを展開しているファストフードの会社を経営する社長さんです。私より二歳年上の男性で、ほとんど毎日旅暮らしでがんばっていらっしゃいます。

 口内炎のような喉の痛みの繰り返しで、知り合いの医師からその都度、抗生剤や炎症止めを処方され、真面目に飲んでいますがあまりの繰り返しに漢方でコントロールしたいとやってきました。対症療法として、舌の赤みが強いことから、漢方の抗生剤ということで「銀翹解毒丸」ストレスが原因のような時は「黄連解毒湯」を使い分けるように勧めました。

 お話しを聞いてみると、朝ご飯はコーヒー、お昼ご飯も打ち合わせをしながら不規則で、夜ご飯も九時十時はあたりまえで、食べたら一時間もしないうちに寝てしまうこともあるというのです。それでも健康には自信があって、健康診断では動脈硬化の傾向も無く、PET検診も受けていると胸を張っておっしゃいます。

 しかし、唇の色も暗い紅色で舌の苔はすっかりはがれて干乾びているようにみえます。現代医学的には問題がなくても、自覚症状があり漢方的にも異常があるので、最近言われている「未病」の状態と言えるでしょう。

 漢方は体質改善が本領ですから、朝食前に生脉散を夕食後に焦三仙を勧めました。生脉散は、現代医学でいう免疫を安定させる「気」を高める一方、体力に相当する「陰」をも深める働きを持っていて、日本には麦味参(ばくみさん)という名前で販売されています。焦三仙には、麦芽と特別な麹のほかに山■子が含まれていて晶三仙という名前で販売されています。山■子は、過剰なエネルギーを体によどませない働きがあります。

 使い切れないようなお金を稼いでも、体を壊しては元も子もありません。とにかく、寝る前二時間は口にするのはお湯だけにしてもらいました。二ヵ月後においでになったときには、喉の痛みの程度・回数は半分以下になって、舌も潤ってきました

山■子(さんざし)バラ科サンザシの成熟果実。脂分の多い食べ物や肉類の食べすぎによる体内の停滞物を消化分解する。血液循環も改善する。

■→木+査



茵■蒿(いんちんこう)


 この「漢方の智恵」に挿絵を提供していただいている橋本竹次郎先生は、山歩きをしながらいろいろな植物のお話をしてくださいます。「井上君の調剤室にいろいろな薬草が集められていても、実際に古くから伝えられてきた薬草は山里の集落に近いところで手に入れられるものなんだよ。朝鮮や中国の人里離れた山にしかなくて容易に手に入らないものでは、いくらいい薬でも役に立たないんだから・・。」と教えられました。

 たしかに、今から百年以上前のことを考えれば、お腹が痛くなったからといって、異国の薬草を手に入れようとしても、間に合いません。

 日本の食養生の言葉に「一物全体(いちもつぜんたい)」「身土不二(しんどふじ)」があります。ダイコンは根っこばかりでなく葉っぱも食べなさいという言葉と、暮らしている土地でその時に採れるものを食べなさいという意味だそうです。

 舌にヌルヌルした苔が付いてこすっている人が多くいます。漢方では、ハンバーガーなどの脂ものと冷たいヨーグルトなどの乳製品を繰り返し食べると、体の中によどんだ湿気がたまると考えられています。

茵■蒿は、体が重だるくイライラしやすい、舌の苔が厚い場合に使われます。現代医学でいう高脂血症(高コレステロール・高中性脂肪)の患者さんに多くみられるさまざまな不具合を、体質の改善という形で解決してくれます。

がんをはじめさまざまな生活習慣病の多くについて、日本の伝統食に戻すことが予防の第一歩だという説が定説になっています。地産地消の意味を、その土地に住む人が消化できるものはその土地が産み出した食べ物だ、と読み替えている私です。

茵■蒿(いんちんこう)キク科カワラヨモギの幼苗。苦味で漢方で言う脾胃肝胆の湿熱を清める。排便や利尿を通じて過剰なエネルギーを排出する。

■→草冠+陳



蒼朮(そうじゅつ)


 Mさんは三十代の男性です。漢方に興味を持って数年前からときどき勤務のないに日に、私の漢方相談の見学においでになっている現役のお医者さんです。ご自身は、アトピー性皮膚炎の診断を受けていますが、なかなかおもわしくありません。自分も漢方薬を試そうという話になりました。頭の中や肘の内側に湿り気のある炎症があり、痒みも強いとのことでした。

 相談の結果、消風散(しょうふうさん)を飲んでみることになりました。患部に薄い膿があるのと舌に薄いけれど白い苔が付いていたので、体内によどんでいる湿気を取り除く効果のある蒼朮木通(アケビのツル)を含む消風散が第一選択です。案の定、二ヶ月もしないうちに赤みや痒みが鎮まってベトベト感も収まりました

 蒼朮は、二妙散(にみょうさん)にも含まれています。もうひとつの妙なるものは、黄柏(きはだ)です。日本の伝承医学では、フライや唐揚げといった脂ものと冷たい飲み物を繰り返しとっていくと、からだに余計な熱を持った湿気がたまって治りにくい病気になります。そういうときの舌の苔はやや黄色みがかかり汚れています。人によっては、気になって歯ブラシのようなものでこすりますが、いたちごっこです。

 その後も、痒みがあると時々消風散を飲んでいたMさんですが、ある時から反ってカサカサして痒くなるようになりました。舌を見ると苔がはがれています。体質も変わって冬になって体を潤す清らかな湿気が足りなくなったのです。玄参(げんじん)を含む涼血清営顆粒を飲むと、落ち着きました。

 何年も前に日本の漢方の先生から、「人は、夏に麻の半そでを着て冬に綿の長そでを着る。同じように、薬は内服といって内側に着る服だから、季節によっても変えなければならない」と教えてもらった記憶が甦ってきました。

蒼朮(そうじゅつ)キク科ホソバオケラの根茎。胃腸や関節にたまった水のよどみを取り除く。胃腸虚弱の場合には、白朮(びゃくじゅつ)が使われる。



秦●(じんぎょう)


 Kさんは、五十歳を少し過ぎた独身女性です。もう十年も前から、シェーグレン症候群の診断を受けて漢方相談においでになっている常連です。目が乾いて人工涙液をさし、お話をしている間に何度かお茶を口にします

 3年前の夏、畑の草刈りをしたら両方の手首が痛くなってやってきました。少し腫れて赤く見えます。熱を持っているとのことなので、知り合いの整形外科医に紹介しました。中国漢方で熱をとる処方はありますが、一般的ではありません。漢方薬で自覚症状を変化させてしまうと診断を誤らせかねない、という判断でまずは現代医学の診断を仰ごうと考えたからです。

 Kさんはもともと舌が真っ赤で干乾びているような体質です。中国漢方では、体を温める能力の「陽」と温まり過ぎないようにする能力の「陰」のバランスが必要と考えています。Kさんは、もともとの体質が陰の足りない「陰虚」体質だったので、日本で関節痛に使われている「麻杏■甘湯(まきょうよくかんとう)」「桂枝加苓朮附湯(けいしかりょうじゅつぶとう)」などの処方では症状が改善されにくいと考えられます。

 Kさんは整形外科医からリウマチの専門医に紹介されましたが、痛み止めやステロイド剤になかなかなじみません。あちこちのリウマチの専門医に渡り歩き、メトトレキサートインフリキシマブなどを処方されるたびに、さまざまな副作用と思われる訴えをもってやってきます。

 秦●は、陰虚体質の患者さんにもお勧めできる関節の痛みや力が入らないときに使う薬草です。これを含んだ独歩丸(どっぽがん)と不安感を鎮める天王補心丹(てんおうほしんたん)を併せながら、リウマチと付き合っていくKさんをこれからも支えていくつもりです。

秦●(じんぎょう)リンドウ科リンドウ属植物の根 痩せて皮膚が枯れて関節や体の芯で夕方不快な熱を感じるときに、枸杞の根と煎じると良い。

●→草冠+九
■→草冠+意



辛夷(しんい)


 いよいよ花粉症の時期がやってきました。マスクをしている人がめだってきました。知り合いの医者から、正確にはアレルギー性鼻炎というと教えられました。花粉以外にもハウスダストでもかなり反応し、高気密の家ではダニの発生や衣類の防虫剤や電気式の蚊取り線香でもアレルギー体質が作られていくという説もあります。勉強会などでIgE(免疫グロブリンE)が関与しているところまでは説明されますが、どうしてこの五十年で急増したのか決定的な根本原因が解明されていないので、根本的な治療法も確立されていないように思います。

 対症療法としての現代医学の飲み薬は、人によって強い眠気を訴える場合があります。自動車の運転や危険を伴う機械作業の場合は使用できません。また、市販の点鼻薬や点眼剤のなかには、ナファゾリンという血管収縮剤が含まれているものがあります。漫然と使うことによって、反って鼻づまりや目の充血がとれなくなるケースもあるので、注意が必要です。ステロイドの注射で治ると言って高額な治療を受けている患者さんもいますが、多くの医師が副作用の点で勧めていません。

 漢方では、以前は体質改善にも、小青龍湯が続けて使われていたこともありますが、現在では、衛益顆粒(えいえきかりゅう)を初めとした補気剤(補中益気湯など)が勧められています。対症療法として、クシャミ・透明の鼻水は「寒」の症状ですから小青龍湯を勧めます。目の痒みや喉の痛み・皮膚や耳の穴の痒みを訴える場合もあります。アトピー性皮膚炎の悪化も漢方でいう「熱」の症状ですから「荊芥連翹湯(けいがいれんぎょうとう)」が第一選択です。夜間の鼻づまり・喉の渇きに悩まされるケースもよく聞きます。「辛夷清肺湯(しんいせいはいとう)」を勧めます。「葛根湯加辛夷川■」鼻水・鼻づまりにも効果があります。

 いずれにしても、早寝早起き・日本食とマスクで防御しましょう。

辛夷(しんい)モクレン科ハクモクレンの花蕾。副鼻腔炎には十薬(ドクダミ)や桔梗などと合わせて前額部の頭痛を緩和する効果がある。

■→草冠+弓


夏枯草(かごそう)


 Hさんは組合の幹部であちこち走り回っています。定期検査で血圧がだんだん高くなって、病院の薬のお世話になる前に漢方で何とかならないかとやってきました。「血圧を下げる漢方薬はないんかい?」少し上からものをいう言い方に、ちょっとカチンと来た私は、理屈をこねました。「漢方というのは、血圧計が出来る前に体系づけられた医学ですから、血圧だけを下げるのでなく、頭のふらつきや張る感じ・動悸といった体調を整えた結果として血圧が下がることはあると思いますよ。水墨画を油絵の道具と手法では描けないのと同じですよ」

 思わぬ反撃に、Hさんは「まあ、そうだいな。あんまり石油から作った薬を体に入れたくないから、自然の薬の方が体に優しいからな」ととりなします。こちらもやんわりと反撃の締めをくりだします。「そうですね。特に欧米中心の自然に対する考え方は、自然を征服する対象に考えていうように思えます。最近は日本の一部の企業も言葉は良いですが自然に優しいだの、環境を守るだの言っていますけど、私に言わせればそれも思いあがった言い方ですよね。自然はそんな人間の価値観なんて関係なく、汚したツケはちゃんと取ると思いますよ」

 最近の研究の結果、漢方では最低血圧が高い場合に足腰のだるさや低い音の耳鳴りがあると五臓六腑の腎が弱まっているとして、六味丸が第一選択になります。最高血圧が高く頭が張ってふらつき、顔がのぼせる・動悸がする場合、肝の気が昇っているとして、釣藤散が第一選択になります。夏枯草は、釣藤散を使うような場合に併用すると更に効果が期待できます。

 Hさんの血圧はほんの少し下がりましたが、それより仕事にいつも追われ気持ちが焦っていたのがなくなって、肩の力が降りたと不思議がっていました。

夏枯草(かごそう)シソ科ウツボグサの花穂。ストレスによる目の充血や腫れ・頭痛めまい。甲状腺腫・乳腺腫・耳下腺腫などにも用いられる。



何首烏(かしゅう)


 定期健診が近づいてきたKさんは、前回よりコレステロールと中性脂肪の数値が悪くならないように、漢方相談にやってきました。今度の検査で結果がより悪くなれば薬を飲みましょうと家庭医から言われているのでした。四七歳になるKさんはすこし太り気味で、肝っ玉母さん風の女性です。

 話を聞いてみると便秘にも困っています。朝起きたてに冷たい牛乳を飲むと出るのですが、お腹が痛くなって下痢になってしまいます。

 Kさんの舌の赤みは少し足りない以外は、暗い斑点もなく舌の裏の血管も怒張している様子もなく、唇の色も紫色ではなかったので、何首烏を勧めました。

 何首烏は漢方でいう質の良い血(けつ)を作るばかりか便を軟らかくする働きがあって、高脂血症の治療にはお勧めの薬草です。自然な薬草だからといって、大黄センナを含んでいる攻撃的な漢方薬を漫然と続けるのは、考えものです。

 四ヵ月後、定期健診の結果を持ってKさんがやってきました。「残念ながらあと一息で正常値なのですが、ずいぶんデータの改善があったのでこの調子ならもう少し様子を見ることになりました」ととても喜んでくれました。「薬を飲むほかに、自分で心がけてやってみたことはありますか?」とたずねると、しばらく考えてから「やっぱり運動と食べ過ぎをひかえることかしらね」とおっしゃいました。

 「先生に勧められたように、寒いうちはお昼前に、温かい飲み物を飲んでから、とにかく歩きました。食事は、夜はなるべく軽めの食事にして、ご飯やお芋は食べてもあぶら物を減らしました」とお話になりました。

 遠くの山を眺めながら田舎道を歩く楽しみが続いてくれるといいなと思いながら送り出しました。

何首烏(かしゅう)タデ科ツルドクダミの塊根。慢性の疲労による頭のふらつき・目のかすみ・めまい・耳鳴り・足腰のだるさなどにも勧められる。



葛根(かっこん)


 昨年末、あまりの肩こりの辛さに、知人のマッサージ師さんに治療をお願いしました。右肩だけでなく左肩や両腕も凝っていて、眼もかなり疲れているといわれながら身を任せていました。

 こんなことを書くと、漢方では肩こりを治す薬は無いのかと思われてしまうかもしれません。肩こりに効く漢方薬はあります。ありますが、東洋医学全体からすると痛みやこりといった症状に対しては、漢方薬よりも鍼灸や推拿(すいな)(マッサージ)の方が得意分野ですから、揉んでもらったのです。

 漢方薬を飲んで忙しい仕事に立ち向かうよりは、ひととき、人のぬくもりを感じながら横になってなぐさめられる時間は、こころの凝りも癒してくれる至福の時です。マッサージを受けながら、自分のからだの使いかたの間違えを治さない限り、またお世話にならなければならなくなるのだろうなと思いました。

 漢方では、背中や肩やくびのこりといえば、葛根が主役です。胃腸の働きが弱い場合は右肩が凝りやすいと考えるので建中湯(けんちゅうとう)などを合わせます。ストレスや緊張・不安が強い場合は左肩が凝りやすいと考えるので逍遥丸(しょうようがん)を合わせます。慢性の疲れで両肩が重だるい場合至宝三鞭丸(しほうさんべんがん)を合わせます。

 単に痛みや凝りといった結果をいじっているだけでは、繰り返しになってしまいます。私の父が「風呂桶の栓をしないで水を入れても、水はたまらない」と説明していたのを思い出します。

 マッサージや漢方薬のお世話にならなくてすむように、仕事にもうすこし余裕を持ってリラックスできるように按配しようと思う今日この頃です。

葛根(かっこん)マメ科クズの周皮を除いた根。落語の葛根湯医者は有名。糖尿病にともなう口の渇きや血糖値の上昇や軟便にも使われる。



酸棗仁(さんそうにん)


 Fさんは、五十歳の峠を越えた男性です。さあこれからというところで、うつ病の診断を受けてしまいました。職場で若い事務職員からかなりの嫌がらせを受けていたといいます。さらにここのところの不況で、退職者はあっても補充の新任者は入ってこないので、いきおい作業が過密になるばかりか残業も多くなり、気持ちは焦るが能率が悪くなり、不眠になって精神科に受診しました。

 インターネットで漢方薬を調べると、適応症に不眠をあげている処方がたくさんあってよくわからないので、ドキドキするところをみて「柴胡加龍骨牡蛎湯(さいこかりゅうこつぼれいとう)」を注文して手に入れました。わらをもつかむ思いで飲んでみると、たしかに眠れるけれども気持ちの落ち込みが強くなったような気がしました。怖くなったFさんは、私のところにやってきました。

 舌を見るとやや小さめでやや赤みが強く表面の苔ははがれてついていません。舌の表面をこすっていないことを確認して、酸棗仁湯をお勧めしました。

 現代医学の睡眠薬は、うつの結果としての不眠の症状を確実に解決してくれます。一方、漢方は症状の原因を治すことを考えます。思い悩んで胃腸の機能低下(脾気虚)が原因のときは、舌の引き締まり方が弱くなりますから、帰脾湯を勧めます。脂モノの食べすぎによる脂質の代謝異常(痰湿阻滞)が原因のときは、舌の苔が厚くなりますから、温痰湯(うんたんとう)を勧めます。

 お薬を渡すときに、Fさんに「どうしてうつ病になったと思いますか?」とたずねました。「仕事が忙しすぎて、気持ちに余裕がなくなっていたのかな」というので、「そこまで気が付いたことはスゴイことですよ」と背中に手を添えて送り出しました。

酸棗仁(さんそうにん)クロウメモドキ科サネブトナツメの成熟種子。夢が多いときに勧められるが、その人の夢の内容からその人の思いが解けるという考え方もある。



麻黄(まおう)


 Iさんは、熱心な漢方薬のファンです。頭がのぼせるといっては、これは外からの熱ですか?それとも中から出てきている熱ですか?中からなら原因は湿(しつ)ですか?それとも気鬱(きうつ)ですか?と質問してきます。

 ある時風邪を引いたのか咳が出てやってきました。強いコンコンという咳です。漢方相談では、言葉で咳が出ると言われるより、咳の見本を聞かせてくれると痰がどこから来ているのかまで見当が付きます。痰がほとんどからまない音の咳を聞かせてくれたので、麻杏甘石湯(まきょうかんせきとう)を食前に勧めました。夕ご飯後には銀翹解毒丸(ぎんぎょうげどくがん)を飲むようにアドバイスしました。

 Iさんはすかさず突っ込んできます。「どうして、咳止めを寝る前に飲んだらいけないんかい?」麻黄は、気を発散する働きがあって、夜に飲むと眠れなくなる人がいるから。特にあなたのようにもともとのぼせやすい人だと、寝汗をかいて体力を消耗するから、銀翹解毒丸発汗の行き過ぎを防いでおくのですよと説明しました。

 咳が納まって、次に来たIさんはまた質問です。「麻杏■甘湯(まきょうよくかんとう)は、咳じゃなくてどうして関節の痛みに効くんだい?」薬草は人間の都合に合わせてあるわけじゃなくて、人間が自分の都合のいいところを選んで薬草を役立てているんだと思いますよ。麻黄は、咳を止める他に体の中によどんでいる水の巡りを改善して痛みをとる働きもあるんですよとアドバイスしました。

 世の中は、世界大恐慌のような時代で、新型インフルエンザなども心配です。しかし、薬草がいろいろな働きを持っているのと同じように、人間の欲望との付き合い方を反省すると同時にピンチをチャンスに変える発想の転換も必要と思う今日この頃です。

麻黄(まおう)マオウ科シナマオウの地上茎。節の部分には汗を止める働きがあるので、汗を出したいときには、節を切り捨てて使う。

■→草冠+意



鹿茸(ろくじょう)


 Tさんは、結婚5年目の37歳の女性です。キャリアとして働き、ご主人との二人の生活も楽しんできました。そろそろ子どもさんが欲しいと思って、タイミングをはかってみました。うまく行かないので、嫌がるご主人を説得して婦人科で精液の検査を受けました。そうすると意外な事実がわかりました。

 ご主人の精子の数も運動率も奇形率も標準よりもかなり離れていて自然妊娠の可能性は低いということでした。

 体外受精(顕微授精)も試してみましたがうまく行かないので「一回でも早くうまく行けば、体に対する負担と経済的な負担を軽くなる。そのためには、まず体力をつけよう」と、以前頭痛と冷え症でかかったことのある私のところに相談に来たのです。

 お話を聞いてみると、会社でも中間管理職として夜九時くらいまでの仕事は普通だということなので、週に何度かは七時には仕事を終わらせ、ジムやプールなどで体を動かすことを提案しました。奥さんに遠慮していた趣味のバンドの練習にまた参加するようにしました。

 舌を見るとささくれ立っています。聞いてみると、朝には黄色い苔がついて口臭も気になるので、歯ブラシでこすっているとのことでした。その原因は夜遅くの脂の多い食事と指摘して、お粥やうどんにしてもらいました。高脂血症の傾向もあったので、晶三仙という漢方のサプリメントをお湯に溶かして飲んでもらいました。奥さんには当帰という薬草の入った婦宝当帰膏という漢方薬を飲んでもらいました。

 そして、双料参茸丸(そうりょうさんじょうがん)というお薬を飲んでもらいました。飲み始めると、頭が充実してきて、自分が疲れて空っぽになっていたことに気が付いたと話してくれました。半年を過ぎてそろそろもう一度体外受精の予約を取ろうといっていると、奥さんの妊娠がわかりました。

鹿茸(ろくじょう)シカ科マンシュウジカなどの牡の角化していない幼角。虚弱体質や発育不全の改善に効果がある。生殖能力を高める場合、お酒につけて飲むこともある。



丹参(たんじん)


 五年前、中国の四川省成都から東北に二百キロの薬草畑を見学に行きました。華やかな街は、今の日本とあまり変わらないコンビニやビルが立ち並ぶ風景ですが、農村部に入るとそこは二十年前の中国の風景が残っていました。乾けば固まり雨が降ればドロドロになってしまう、赤いレンガの材料になりそうな土をおこした畑には痩せた作物がかろうじてはえています。バスに揺られて四時間近く禿山に分け入っていくと現地に着きました。その地区は日本の企業と協定を組んだモデルケースとして、若いインテリ風の地区の書記長から紹介されました。化学肥料は使用してない・使用する農薬の種類や回数や時期などは厳しくチェックを受けている・灌漑用水や大気汚染のチェックも怠らないなど、思い浮かぶ項目が並べられていました。

 そこで栽培されていたのが丹参です。千年以上前からその地域で採れる丹参は評判がよく、中国全土から求められていました。中国では、子宮内膜症などの婦人科疾患をはじめ、多発性脳梗塞狭心症・心筋梗塞などの予防と治療に無くてはならない薬草です。日本に冠元顆粒という名前で輸出する、現地の華西医科大学の関連企業での生産現場も見学して、安心安全なものだと思って帰国しました。

 今年は食品偽造が大きな社会問題となりました。中国のギョウザなどに故意と思われる農薬が入れられていた事件もありました。一方で日本でも、うなぎや事故米の偽装や食品の賞味期限の改ざんをする問題も発生しました。私の考えでは、他国の食糧をあてにすることなく、フランスのように日本の食糧自給率を高める必要があると思います。

 中国の農民が現金収入のために薬草栽培だけに手を出して、自給自足の生活を崩す方向に仕向けることもしたくありません。日本でも食べ過ぎ運動不足の解消にも役立ち、すぐにできる家庭菜園などをお勧めします。

丹参(たんじん)シソ科タンジンの根。古血(ふるち)があるために新しい血が作られない場合に、古血を取り除いて血液サラサラにしてくれる妙薬である。



紅花(べにばな)


 黒澤明監督の作品、映画「生きる」は、私の好きな映画のひとつです。志村喬さんはブランコにゆられているシーンで、深い深いものを表現しています。ないまぜにして問題があるかもしれませんが、がんの早期発見・早期治療とかいってみてもしょせん人間はいつかは死ぬものだから、年齢を重ねるよりはもっと大切なものがあるんだという、強烈な黒澤監督のテーゼを感じます。がんになってたくさんのことに気づかせてもらったという本が最近たくさん出版されていますが、そのことをあの時代に訴えかけていく先見性とエネルギーに敬意を表します。

 話は戻りますが、そのブランコのシーンで志村喬さんがつぶやくように歌う「ゴンドラの歌」に、私は何度もカラオケで挑戦してみましたが薄っぺらなものになってがっかりしています。「赤き唇あせぬ間に」というところで、いつも私の脳裏をかすめるのは、山形の羽黒山のふもとで見たベニバナ畑です。

 ベニバナは、エジプト原産といわれ、シルクロードを経て日本に紹介されています。何千年も前から、染料として衣類に用いるほか頬や唇につけたと想像するとロマンが広がります。サフラワー油はベニバナの種を絞ってできた油です。

 漢方では血の循環が悪いときの月経痛・打撲による腫れや疼痛に使われてきました。また、狭心症脳血管障害に中国で「冠心U号方」という処方に採用され、日本にも冠元顆粒という名前で輸入されています。最近では認知症予防に効果があるという発表もありました。

 カラオケの話に戻りますが、うまく歌えない曲に、ジョンレノンさんの「ハッピークリスマス」があります。新しい年が憎しみや戦争のない年になりますように・・。

紅花(こうか)キク科ベニバナの管状花。一つまみのベニバナをお茶として続けると、良い血を増やし血行を良くするばかりか、気持ちを穏やかにする。



木香(もっこう)


 Fさんは、私と同年代の男性の小学校の先生です。いかにも優しそうな笑顔を見せてくれます。Fさんの悩みは、下痢と腹痛です。朝起きて学校に着くまでが辛くて、通勤途中にコンビニや公園のトイレに寄らない日はありません。学校に着くと何とか落ち着いてくれるので、授業には差し支えありません。それでも、会議や授業参観などでは、冷や汗をかくことが続いています。

 現代医学の病院で、過敏性腸症候群と診断を受けていました。この症状に悩む人は、思春期に多く、登校前に何度かトイレに入らないとスッキリしないという症状や、授業中にお腹が鳴ったらどうしようとかという不安などがからみます。おとなでも、あまり困難に強くないタイプの人が多いようです。最近は、子どものときにゲームばかりして、友達や兄弟の中で揉まれた経験が少ないこともきっかけのひとつだといわれています。

 Fさんには、腹痛四逆散(しぎゃくさん)を、下痢啓脾湯(けいひとう)を勧めました。取り越し苦労で始終頭を悩ませている精神疲労を緩和する目的で帰脾湯を勧めました。帰脾湯には竜眼肉(りゅうがんにく)という木の実が含まれていて、漢方でいう心(しん)の血(けつ)を補って、こころのエネルギーを補充してくれる働きがあります。ところが、もともと悩みを抱えている人は、胃腸のはたらきも低下している場合が多いので、せっかくの竜眼肉を十分に消化吸収できずに、もたれてしまうことも見受けられます。そのために、木香を加えて胃の働きを目覚めさせて、竜眼肉が効果を表せるように工夫されているのです。

 Fさんには、子どもたちに弱い自分を見られたらいけないという強い思い込みがありました。そのため、下痢をしてはいけないと緊張して更に下痢を起こすという悪循環の渦に巻き込まれていました。座禅のような瞑想をして、不安などの感情から離れたところに冷静に呼吸をしている自分を意識するように勧めました。今では、気になっても振り回されなくなりました。

木香(もっこう)キク科トウヒレン属植物の根。ストレスによるお腹の痛みや脹り、消化不良・食欲不振から嘔吐下痢まで使われる。長く煎じると効果が弱くなる。


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